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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5821号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決要旨〕一、賃借物を使用して営む個人企業を会社組織にした場合は、法律的には転貸が成立するが、契約当事者間の信頼関係を破壊しない特別の事情がある場合には、民法第六一二条にいわゆる転貸は成立しない。

二、賃借人の無断転貸・改造を知りながら一年にわたり賃料を受領することがあつても、その間子供を病死させその傷心から賃借人と事を構えることを好まない事情があり、また右転貸・改造につき承諾を求められてもその程度および賃貸人側の住居状況よりして到底承諾し難い事情等があるときは、賃貸人においてこれを黙示的に承諾したものと認めることができない。

〔事実と争点〕原告は同一地上所在の第一家屋(木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一〇坪二勺二階坪七坪三合八勺)、第二家屋(木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一〇坪二勺二階坪七坪三合八勺、附属建物木造瓦葺平家建工場一棟建坪一〇坪)を所有し、昭和一五年頃これらを被告前田に賃貸した。被告前田は乳母車の製造販売を業とし、第二家屋のうち附属建物工場を製造場に、同居宅一階の一部を仕上場に、その他はいずれの住居に使用してきた。ところで、被告前田はその後第一家屋を被告大山に転貸し、また、昭和二六年七月五日には個人企業でやつていた右乳母車製造販売業を被告株式会社サンエム商会に改組するとともに、第二家屋の居宅建物につきその一階部分を床を取除いて全部仕上場ないし倉庫にした。原告はこれを取りあげ、昭和三二年九月二八日被告前田に対し本件賃貸借解除の意思表示をし、被告等全員に対し本件家屋の明渡を請求した。

これに対し、被告等は、第一に、被告株式会社サンエム商会は被告前田が本件第二家屋でやつていた乳母車製造販売の個人企業をその経営規模は全く同一にして株式会社に組織替えしたものにすぎないから、第二家屋につき民法第六一二条にいわゆる被告サンエム商会への転貸はない、第二に、第一家屋の被告大山への転貸ならびに第二家屋の改造については、その後原告において昭和二八年頃より本件家屋の隣家に居住してこの事実を知るようになりながら、家賃を受領し、その間再三家賃の値上もしているのであるから、少くとも黙示的に承諾したものであると抗争した。

〔判決理由〕契約解除が有効であるかどうかについて考える。

(一) 被告サンエム商会が第二家屋を占有していることは被告等において争わないこと前記の通りである。乙第三号証<省略>によれば、被告サンエム商会は被告前田の乳母車の製造販売業を会社組織にしたもので、昭和二六年七月五日の設立に係り、資本金は被告前田が事実上全額出資し自らその代表取締役となり、その他の役員には親戚縁故者が名を連ねているが、いずれも登記上名前を貸しているだけにすぎない実情で、株式会社とはいいながら、被告サンエム商会はいわば被告前田の個人会社であつて、経済的社会的活動の意味においては被告前田の個人企業と何等の差異も認めることができず、賃借物たる第二家屋の使用状況も被告前田が個人企業として使用していたときと同じ状態であり、第二家屋のうち工場を製造場に、居宅の一階を仕上場、二階を従業員の寝泊りにあてて使用し、すなわち被告サンエム商会の占有がそのまま被告前田の占有といつた関係にあることが認められる。以上認定の事実によると、社会的見地からみれば、被告前田個人企業が会社企業に転換した前後を通じ経営の実体には何等変動がなかつたことになるが、いやしくも会社が設立された以上は会社とその構成員たる個人とは別個独立の人格を有することはいうまでもないところであるから、会社がその構成員の賃借物を使用する関係は法律的には転貸を解せざるを得ない。しかしながら、民法第六一二条が賃借人は賃貸人の承諾がなければその権利を譲渡しまたは賃借物を転貸することを得ないものとし、賃借人がこれに違反して第三者に賃借物を使用または収益させたときは賃貸人において契約を解除することができると規定したのは、賃貸借契約が当事者間の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃貸人の承諾を得ない賃借権の譲渡または転貸は通常賃借人の賃貸人に対する背信行為とみたからに外ならないから、賃借人が無断で賃借物を他人に使用収益させた場合においてもそれが当事者間の信頼関係を破るものとは認められないような特別の事情の存する場合は、賃貸人は右法条により解除することができないものと解すべきである。ところで、前記認定の事実関係の下においては被告前田の被告サンエム商会に対する第二家屋の転貸は原告に対する信頼関係を破壊したものとは認められないから、原告は被告前田が被告サンエム商会に対し第二家屋を転貸したことを理由として契約を解除することはできないものというべきである。

(二) 被告大山に対する第一家屋の転貸ならびに第二家屋の改造について

(1) 証人<省略>を総合すると、被告前田は昭和一九年五月頃松岡正均に対し第一家屋のうち工場建物を転貸し、その後昭和二二年秋頃被告が第一家屋に同人と同居するようになり、昭和二四年頃松岡は右松岡は右工場建物を被告前田に返還した後、その後間もなく第一家屋からも事実上退去し、それ以後は被告大山が被告前田との関係で賃借人名義となり、同被告に対し賃料の支払をしていることが認められる。また、証人<省略>を総合すると、被告前田は昭和二三年頃第二家屋のうち居宅の階下二畳の間を、ついで昭和二四年頃四畳半の間をいずれもその床を取除き土間とし、セメントを塗つて、ここを乳母車仕上場としたこと、当時被告前田は右居宅の二階に住居していたが、昭和二四年生野区巽西足代町二四六番地に本宅を建てて転居し、その後は二階には数人の従業員が寝泊りしていたこと、そして被告サンエム商会設立後は漸次主たる営業場所が第二家屋より右本宅の方に移り、それに伴いその保管も益々おろそかとなり、かかる使用目的の変更および保管義務の懈怠によりそのいたみも次第にひどくなり建物内の様相も一変し、半ば物置と化し、本件契約解除当時はこれを再び住居として使用せんとすれば大改造を必要とする状態に立至つていたこと、以上の事実が認められる。以上認定の事実によれば、被告前田は被告大山に対し第一家屋を転貸しているものというべきであり、また、被告前田が第二家屋に加えた改造およびその後の使用方法ならびに保管義務違背は賃借人としての重大な義務違反であるというべきである。

<省略>

(3) そこで、原告本人が右転貸および改造を承諾したか否かについて考えるに、証人<省略>によると原告は昭和二五年頃本件家屋の近所に転宅して来て始めて第一家屋に被告大山が居住していることを知つたが、被告前田は日頃から自己の従業員を右家屋に寝泊りさせていると述べていたので、原告は多少疑をもちながらそれ以上深くは追求しなかつたところ、昭和三一年頃被告大山が原告に対し被告前田のもとへ月々の賃料を支払つている事実を洩らしたので、原告はその際始めて転貸の事実を確認したこと、一方改造の点については、原告は被告前田が昭和二四年頃生野区選西足代町に転居し、爾来第二家屋の表戸は閉じたままであつたため、その内部の模様までは詳しく判らなかつたが、被告前田が昭和二四、五年頃から階下の床の一部を取除き階下の一部を乳母製造の仕上場として使用していることを知り、更に昭和三一年頃には階下全部が倉庫および作業場として使用されていることに気付いていたこと、然るに原告は右転貸および改造の事実を知つてから後も被告前田に対し異議を述べることなく昭和三二年六月まで引続き家賃を受領し(なお右家賃は月三千円であつたのを昭和三一年未頃から月三一五〇円に値上げした)こと、以上の事実が認められる。被告等は原告が異議をとどめずに家賃を受領した事実をもつて黙示の承諾とみるべきであると主張する。ところが、証人<省略>によると、原告は昭和三一年頃は長年病床にあつた子供を失つて傷心のどん底にあり、被告と直ちに事を構えることを好まない状態にあつたことが認められる。また、証人<省略>を綜合すると、原告は当時住家がなく他人の家屋の一部を借りて不便を忍んでおり、機会あれば本件家屋の一部でも返還を受けたいと望んでいた事実が認められるから、若し被告前田より前記の如き転貸や無断改造につきその承諾を求められた場合無条件ではたやすくこれに応ずるような状況にはなかつたものというべく、ことに前記認定の如く第二家屋の階下が殆んど倉庫化されて腐朽、破損するままに放置されている現状を見せられながら、なおかつこれを承諾したのであろうとは到底考えられない。そうすると、原告が前記転貸および改造の事実を知つてから後にも賃料を若干増額(一ケ月金一五〇円)し、引続き被告前田から家賃を受領したとの一事により直ちに原告が右転貸および改造を承諾したものと見るのは当を得ず、他に原告が黙示的にもこれを承諾し解除権を放棄したと認めるに足る証拠はない。

してみると、原告主張の右解除は有効に成立したものといえる。(谷野英俊・坂詰幸次郎・渡瀬勲)

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